地域の発信をしながら「人生のほとんどは写真に残らない」ということを忘れないでおこうと思った。
地域おこしの仕事を始めてからというもの、(それまでもかもしれないけど) 写真をよく撮るようになった。
その土地の魅力を見つけて発信する。
その際に写真や動画は必須で、SNSサービスの利用は避けられません。
ぼくもしばらくやめていたSNS更新を再開しました。
ただ、ちょっと違和感もあります。
インスタ映えより大事なものがある。
これについて、タレントのふかわりょうさんが面白いコラムを書いていました。
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ぼくもおそらくインスタ世代なので、きれいだなと思う瞬間や、心地よいなと感じた瞬間には自然にスマホに手が伸びます。
写真をアップすることで、遠く離れた友人や会ったこともない他人に自分の生活を知ってもらったり、土地の魅力を伝えることができるようになりました。
地域の魅力的なところばかり発信するので、フェイスブックやインスタの投稿を見て、「いろんなところに行って楽しそうだね」「充実してるね」と言われることもあります。
けど、当たり前のことだけど、そこに上がっている写真たちは僕の人生や、世界のごく一部の断片を切り取っただけです。
たしかに人生の充実度を測るような術があるなら、他人に発信したくなる場面が多いことは、かなり参考になる指標だと思う。写真(とそこへ加える一言)をみれば、その人の人となりも見えてくる。
けど、タイトルのように「人生のほとんどは写真に残らない」です。
写真に写った場面が結果であるなら、そこへ至るプロセスが人生のほとんどで...
見えないたくさんの断片で世界ができていることを忘れないでおきたいと思っています。
けど、写真はほんとうに大事だと思う。
それでも、やっぱり写真は大事だと思います。
人生のほとんどは写真に残らないからこそ、残っている瞬間って大事なんだと思います。
地域の発信を見ていても、「勿体無いなー」「もっと魅力的に見せたらいいのになー」と思うこともあります。
「いいね」をもらうためではなく、ちゃんと伝わるために「映える」写真を撮りたいです。
そんなわたしもインスタやっております。
ふかわりょうさんのように、「いいね」なんていらないけど、地域のことは知ってもらいたい。