「書けない」が「書くこと」の第一歩だから、とりあえず書いてみることだ。
ここ1~2年、(もしかしたらもっと)
「どうしたら文章がうまくなるだろう」
「伝わる文章術が知りたい」
など、ずっと考えてきた気がします。
ふと、本棚を見ると文章術の本がたくさんそろっています。
ブログを書いている人は、アフィリエイトで稼ぎたい、「エモい」文章が書きたい、小説が書きたい、、などなど思うことがあると思います。
ぼくは、ずっと「自分は文章が下手だ」「思うように書けない」と思っていて、昔から国語がとても苦手でした。
なんとかこうしてブログ記事を書いたり、ライターの仕事を受けたりしていますが、今もその気持ちは変わっていません。
読書感想文はとくに苦手で、いつもいろんなところからのコピペを組み合わせて文章を作っていたし、いつも「正解」ばかりを探してしまい、気持ちやじぶんの考えをうまく言葉にすることが苦手でした。
今でも、いつも違和感や恥じらいを感じながら書いています。
文章って、書き手のふだん隠している思いなどが、自然とあらわれてしまいます。だからこそ、「書けない」が起こるのではないかと思います。文章を書くときに、つい気取ってしまったり、うまく書こうとしてしまうのは、きっと自分の内側を隠そうとしているから。この文章だってそうかもしれない。
だけど、誰かに「伝わる」文章というのは、そういった恥じらいなどを超えたときに(もしくは意識しなくなったとき)書けるんじゃないかと思います。
というわけで、いま「書けない」で困っています。だから、だらだらこうしてとりあえず文章を書いてみています。
今日もがんばろう。